Official Japan Jetlifc TAIYANG

JACKIECHAN Official Websiteより
http://www.jackiechan.com/
ジャッキーのブログより(ジェットの名前が出てくる部分のみを抜粋
訳:たいやん

2008年4月17-18日「僕がジェットと知り合ったきっかけ」

最近、どうやってジェットと知り合ったのか、始めてジェットと仕事をした感想は、などとよく聞かれます。そんなわけで、僕がジェットとどう知り合ったのか、また僕たちの関係について、少し詳しくお話しましょう。

始めてジェットに合ったのはずいぶん昔のことです。彼は11才で、香港で武術の表演をしていました。僕はそれを見に行って、すごい子供だな、と思ったのです。その何年か後に僕がアメリカで映画を撮って、アメリカでのキャリアを築こうとしていた時、当時16才だったジェットが近くで表演をしているのを知ったのです。僕は彼の演武を見に行って、バックステージを訪れました。これが始めてジェット、李連杰(当時僕は彼を“Jiezhai”と呼んでいました)と会った時です。後にジェットが僕に、この日のことをよく覚えているのは、彼の武術の先生が「今日はジャッキー・チェンが君を見に来るから、全力をつくせよ。」と言ったからだと語ってくれました。

その後、ジェットは「少林寺」で映画デビューしました。もちろん僕は彼の映画を見に行きました。この作品は大ヒットし、ジェットはあっというまに名声を得ました。そのすぐ後、彼は香港にプロモーションで訪れたのですが、僕は彼に会うために仲介者を通さなくてはなりませんでした。というのも、当時中国はまだ開かれておらず、香港はまだイギリスの統治下にあったからです。ジェットは国宝とされている重要人物です。当時の僕は北京語があまり今ほど話せず、彼に何を言っていいのか、言ってはいけないのか分かりませんでした。

中国はまだ開かれておらず、ジェットは国の保護下にある人物だったので、僕は彼には非公式に会いました。ある晩、僕はMong Kokのマンションに車で向かい、ジェットを乗せ、彼をホテルの個室での夕食に招待しました。夕食後、僕は彼を夜景の見える山頂(おそらくビクトリアピーク?)に連れて行きました。翌日、僕は彼を連れて街を散歩に出かけました。ジェットが香港に来るたびに、こうやって過ごしたのです。

ジェットが香港に来たある時、彼は僕に長剣をお土産に持ってきてくれました。お返しに、僕は彼にダウンジャケットをあげました。そうやって僕たちは20年近く友情をはぐくんできたのです。考えてもみてください。僕たちの関係は本当に面白いものです。僕たちは大人の男ですが、まるで密会をしているみたいでした。僕たちは一緒にいるところを写真に撮られたり、お互いに知り合いだと周りに知られてはいけなかったのが何故なのか分かりませんが、ジェットになるべく影響を与えないようにすることが最優先でした。だからこんな風にして会っていたのです。

後にジェットは香港で映画を撮り始め、頻繁にこちらへ来るようになりました。彼がゴールデンハーベスト社で映画を撮っているある時、僕は彼に会いに行きました。これは、世界中の僕たちのファンが、共演をしてくれと望む遙か以前のことでした。僕はジェットに、一緒に映画を撮ろうともちかけたのです。当時、僕たちは2人ともゴールデンハーベスト社で、それぞれの映画を撮っていました。カメラや証明の調整を行っている間、僕達は合間をぬって脚本のアイディアを話し合ったのです。ジェットは僕の筋書きを聞いてとても気に入りました。2人ともワクワクしていました。しかし残念なことに、僕たち2人は異なった制作会社に所属していたため、二社が映画化権について話し合った際、多くの意見の違いがありました。僕はただ共演をして、みんなが楽しんでくれる映画を作りたかっただけなので、たいへんがっかりしました。なんでこんなに複雑なことになるんだろう、と思いました。しかし、ビジネスの話しになれば、両社ともまず考えるのは利益であり、自分たちの権利や利益に関する問題点です。こうやって僕たちの共演計画は棚上げとなったのです。

それはさておき、約10年後に、ジェットと僕はアメリカで再び会います。僕たちは昔のことを語り、考えました。僕たちは2人ともアメリカにいるのだから共演作のことを考えたらどうだろうと。加えて、これは僕たち2人が映画を撮りたい、というだけの問題ではなくなっていました。僕たちのファンが共演を望んでいたのです。それに、世界中の記者達がいったいいつになったら共演作を撮るんだ、と聞いてくるのです。

その頃、ジェットと僕の共演作に投資したいと考えているアメリカの会社がありました。それで僕は彼らに、僕が何年も前に書いた脚本を渡しました。しかし残念なことに、彼らはその脚本を気に入ってくれませんでした。彼は物語のアジアテイストが強すぎ、中国の考え方に影響を受けすぎていると考えたのです。結局、彼らは100万ドルを使って脚本を用意し、僕に見せました。僕はそのストーリーにがっかりしました。その後、このアメリカが投資した脚本に修正を加えることに同意し、少し変更をしました。脚本を改訂するのにずいぶんと時間がかかり、ジェットと僕はまた別々の忙しい仕事の日々に戻っていきました。

そしてついに、それから何年も経ってから、「ドラゴンキングダム」のプロデューサー、ケイシー・シルバーと監督のロブ・ミンコフが僕たち2人の共演というアイディアを取り上げてくれました。3年間かかって彼らは僕やジェットの会社と接触を図り、僕たちの共演を実現させる手配をしてくれました。結果、ジェットと僕の希望はついに認められ、共演を果たすことになったのです。

ジェットと僕は2人ともこの映画で共演できたことをとても喜んでいますし、僕たちはとても仲良く過ごしました。もしジェットが僕を気に入らなかったり、僕が彼を気に入らなかったら、この映画が僕たちの最初で最後の共演作となるでしょう。今でも覚えていますが、撮影の最終日、キャストやクルー全員がお互いに別れの挨拶をしていた時のことです。僕はジェットと握手をし、彼を抱きしめ、彼を部屋の隅に引っ張っていって何年も前に書いた脚本をどう使おうかと話し合い始めました。僕たちが本当に気に入り、映画にしたいと思っている脚本です。ジェットは僕がそういうとすぐに賛成してくれました。僕たちは現在2人とも、独立した映画会社に所属しているので、共演するチャンスは大きいと思います。あまり遠くない将来、ジェットと僕は新たな作品で共演し、みなさんに再びお会いできると思います。
http://www.jackiechan.com/message_view?cid=1078

2007年6月27日  ジェットと水辺で遊ぶ

今日は水の中に入る予定です。
脚本に従って、僕は全身ずぶぬれにならなくてはなりませんでした。すると、ジェットとミッシェルとクリスタル・リゥが走ってきて僕を水の中から引き上げるという予定でした。
この数日、場面はゆったりとしていて楽しいものです。僕はただ腹這いになって、彼ら3人が助けに来てくれるのをまっていればいいのです。体力も要りませんし、セリフもありません。
それで僕はジェットにふざけて、「ははは、僕の撮影が先に終わって、君のはまだ終わらないんだよ!」と言いました。でも、ジェットは本当にイタズラ者です。彼が僕を川岸に助けあげる時、彼はわざと僕の身体を上に向けるのですが、そうすると僕の顔がカメラに真っ直ぐ向いてしまうのです。そうなると僕は撮影中に気をぬくわけにいかなくなります。
彼のこのイタズラに気づいた時、彼が僕を動かせないようにわざとじっとしていました。僕たちはお互いの策略にこっそり対抗すべく力を入れていたので、彼は力を入れすぎて、大きな衣装が彼の頭にかぶさってしまいました。撮影班はみんな大笑いです。
これは今日の撮影の中ではとても面白い出来事でした。
僕たちは皆気が若いようです。水をみてこんなにうれしくなっているんですから。

2007年6月21日 ジェットへのインタビュー

Q:ジャッキーがブログで、あなたと共演できるまでどれほど長い時間がかかったかを語っていましたが、ジャッキーと共演するチャンスが巡ってきたことについてどう感じていますか。

A:僕が初めて「酔拳」や「蛇拳」でジャッキーを見たときから30年が経ちました。
1978〜79年頃だったと思います。
彼を見たとき、とても素晴らしくてかっこいいと思いました。
1985年に初めて会い、友人になりました。
1994年に彼は僕に、温めていた映画のアイデアを話してくれました。
それが、いっしょに映画を作ることについて話し合った最初でした。
でも、結局その話は実現しませんでした。
2000年にアメリカでジャッキーと食事をした時、また共作について話し合いました。
その時は、映画会社が脚本家に100万ドルしはらっていたので、実現寸前だったのです。
しかし、うまくいきませんでした。

それで、今回は三度目の正直になりました!
もちろん、僕はたいへんうれしく思っています。
ジャッキーは映画界で40年以上生きてきました。
彼の作品はとても素晴らしいものです。
ジャッキーは人生の30〜40年間を費やして、現在の地位を確立したのです。映画界にそのように精魂をこめることの、感情的、肉体的な代償を僕も理解しています。
さらに、彼は慈善活動にも取り組んでいますが、これは1、2日だけ行うようなことではありません。彼は20年以上も前に活動を始め、困っている人々や映画界に新しく入ってきた人達への援助をずっと行っています。
あらゆる面から見て、ジャッキーはとびぬけて優れているのです。
だから彼は「兄貴」と呼ばれるのです。
これは名前だけのことではありません。彼はいつも他の人々を気に掛けているからこそこう呼ばれるようになったのです。
彼はカメラの前で演じる人々を気に掛け、また舞台裏で働く人達も気に掛けています。
映画全体の、またアクション映画界全体の指導者としての役目をはたしているのです。
彼は成功した映画人と思われていますが、舞台裏にはどのようなことがあり、彼がとても一生懸命働いていることを、僕は知っています。
もちろん、完全な人などいません。僕らの国の指導者でも完全ではありません。
でもそんなことはどうでもいいのです。僕は彼と働けるということがとても幸運だと思っています。

Q:「功夫之王」は国際的な役者陣と撮影関係者でとてもユニークな映画です。
このような映画はこれからも増えていくと思いますか。
様々な国から来た人々と仕事をすることについて、あなたはどのような経験をしましたか。

A:経済統合の流れやメディアテクノロジーの進化で、世界はどんどん小さくなりました。
30年前、アメリカやヨーロッパはずいぶん遠く思えたものです。
いまや、アメリカからニュースが瞬時に入ってきます。
中国映画、香港映画、アメリカ映画と区別をする人は多いですが、僕にとっては2つのタイプしかありません。
中国語作品か、英語作品かです。
中国語であろうが英語であろうがどうでもいいのです。というのも、みんなただ良い映画を作り、世界の観客に見てもらいたいだけなのです。
様々な人が映画製作にかかわります。ある人はカメラの前で、ある人はカメラの後ろ側で。例えば、制作前の準備や制作後の編集で、特殊効果の専門家やメークアップアーチストや美術制作スタッフなど、様々な人達がかかわっています。
このためたいへん多くの人々がかかわることになります。映画のエンドクレジットを見ると分かりますよね。たくさんの国からのたくさんの名前です。
もちろん、中国語映画は主に中国人が制作しています。でも、他の国の作品では、1国だけがかかわっているという状況は比較的少数です。
英語作品では、多くの人々がかかわります。
ジャッキーも僕も同じ願いを持っています。僕たちは、サッカーでいうところの攻撃の中心で、ゴールにボールを蹴り入れる役割です。
僕たちはアジアの文化や考え方、生活様式を紹介し、中国の考え方を西洋にも取り入れようとしています。
もちろん、欧米の映画制作はお金をもたらしてくれます。だから多くの会社が中国で映画を撮るのです。
それが、映画をより高い質のものにする唯一の方法です。
これが現在の傾向だと思います。
協力はどんどん増えていくと思います。
様々な国の人々が映画を一緒に作れば、彼らの違いは重要ではなくなります。
大事なのは、僕たちが皆同じ夢をもっているということです。
「僕たちは映画を作り、観客と分け合いたい」ということです。
だから、だれが映画にかかわろうと、かまわないのです。

Q:あなたとジャッキーはお二人ともアクションスターで、もちろんあなた方を比べる人は多いです。
あなたの技術やスタイルや人気の違いはなんでしょうか。

A:その質問に答える必要はないと思います。
観客の皆さんはもう答えを知っているからです。
インターネットを使えば、アクション映画の好きな人ならば誰でも、ジャッキーとは誰かを知っているし、彼の生い立ちも知っています。
子役、スタントマン、スタントコーディネーター、スーパースター、そして監督です。
現代映画であろうが時代劇であろうが、ジャッキーは、映画製作の様々な分野で頂点に達し、たくさんの名作を撮っています。
僕は子供の頃、彼とは違うことを学びました。
彼が学んだことと僕が学んだことは違います。
僕は中国に生まれましたから、ジャッキーと僕との違いを見つけることは簡単です。
僕は比較を好みません。
例えば、コーヒーも紅茶もどちらも飲みます。どちらが優れているか分かりますか。難しいですよね。
コーヒーを飲みたいこともあれば紅茶を飲みたい時もあります。

ジャッキーと僕は実は同じような考えを持っていて、僕たちは様々な映画を撮って、様々なことをやってみたいのです。
ともに中国の文化や武術を世界に知らせたいと思っています。
比較をしたがる人もいますが、僕たちはそうではありません。
心の底から、僕はジャッキーを尊敬していますし、ジャッキーのようなお兄さんがいたら、僕は本当に幸せだろうなと思います。
映画製作だけでなく、彼は現場にいる僕たちみんなを気づかいます。
みんなに水が行き渡ったかどうかを確かめたり、僕たちに帽子や布をくれたり、また、映画が撮影されている場所の環境をきれいにするようにみんなを促したりします。
けが人が出ていないかを気づかい、安全を気に掛けています。
彼は本当にみんなのことを考えているのです。
それが僕たちの兄貴、ジャッキーなのです。

僕は沢山の人が、ジャッキーは思いやりがある人だ、というのを聞いていましたが、今本当に感動しています。
ここで見たことはすべて以前に聞いたことと一致することばかりです。
僕のことだけでなく、現場にいるあらゆる人のことを気に掛けています。
それが中国人なのです。
僕は比べたことはありませんし、その必要もないと思います。
ジャッキーはそのユニークな特徴で、30年以上もの間、多くの人に尊敬されてきました。

Q: ジャッキーは今後、監督やプロデューサーとして新しい才能を発掘することを考えていますが、あなたの将来の計画はなんですか。

A:僕たちの将来の設計は違います。
ジャッキーは何年も監督業を行ってきました。
彼の計画や最終的にやりたいことが何かは分かりません。僕はテレビで「The Disciple」を見ました。
ジャッキーは新しい才能を発掘して、彼らが自分を表現するための踏み台を与えようとしています。
昔はアクション映画界に入ることは難しいことでした。
でも今はジャッキーが、若者達にその踏み台を用意してくれています。

他のことも考えます。>
僕は人々の精神的な健康にかかわろうと思っています。>
現在、多くの人々が多くの心理的問題を抱え、苦しんでいます。>
分かち合うこと、つまりお互いに助け合うこと、がとても重要だと思います。>
例えば、僕はアメリカと香港と中国にワン基金を持っています。>
ジャッキーなどの有名人がたくさん、ボランティアとしてかかわってくれています。>
彼らは映画やテレビ、その他のメディアを通して、人間愛を広めようとしています。>
だからこそ僕は「一人、一ヶ月、一ドル、一家族」と言っているのです。>
共通の問題という重荷を、僕たちは分け合って背負わなければなりません。

人間は二つの部分に分かれると思います。
一つは肉体、もう一つは精神です。肉体は物質的なものを求めます。
自分の要求を満たすために、所有物を増やし、成功した人物であることを示したいと思うことです。
でも、内面が重要です。内面は物質的なものでは満足できません。
幸せでなければ、人々はバランスを欠き、社会もバランスを失います。
例えば、中国は急速に発展しつつあり、美しい建物や、家や、道路や車などがたくさん見られるようになりました。
でも、人が礼儀や教育を欠いたり、分かち合う方法を知らなかったら、何もかもがバランスを失います。
床にツバを吐くなどの、環境をキレイにすることに相反する行動が出てきたりします。
習慣は、教育や内面をきれいにすることで変えられると思います。

僕は静かに物事を深く考えることが好きです。若者が内面をより健康にし、幸せな人生を送れる手助けをするために、僕の経験をみなさんとぜひ分かち合いたいと思います。

Q:あなたとジャッキーはお二人とも慈善活動に深くかかわっています。
ジャッキーの活動は人々に物的援助を行うものですが、あなたのワン基金は精神的な必要性に焦点を置いています。
それについてもっと話していただけますか。

A:ワン基金は、「一人、一ドル、一ヶ月、一家族」という理念を広めようとしています。
毎月30日間、僕たちは皆、勉強や食事や仕事に忙しいわけですが、その間にも、他の人を気遣っていることを示す何かを与えるべきだと思うのです。
これはある種の内面の分かち合い、つまり愛と気づかいの分かち合いなのです。というのも、人は大人になっても、他の人からの気づかいを必要とするからです。
大人になったら、他の人を助け、他の人と分かち合うべきです。
それが習慣、生活様式にならなくてはいけないと思います。
ワン基金は内面の健康を促進するための計画がたくさんあります。
例えば、僕たちは大学に精神面の図書館を設立し、人々が心理的な問題や健康に関する本を読んだり、愛を分かち合えるようにします。
他の人をケアし、その精神的健康の世話をする訓練を施せるクラスやコースを始める予定です。
災害が発生した後、人々は肉体的にだけでなく精神的にも傷を負います。
そのような人々を、分かち合うことや、話をすることでなぐさめ、気遣うことで彼らの苦しみを和らげたいと思います。

学校建設や井戸を掘ることに焦点を置いた基金もたくさんあります。
すべてが役に立ち、目に見える具体的な援助をおこなっています。
これらは物質的なものです。
ワン基金は例えば、学校が出来た後のことに焦点を置きたいと思っています。生徒達がどのように生活に向かい合い、幸せに学ぶのか、です。
従って、僕は異なった考えを持っています。
もちろん、僕は様々な専門家やプロの人々の意見を聞き、中国からまず始めようとしています。
この仕事が周辺の国にも広がることを望んでいます。というのも、僕たちは皆、地球に住む1つの家族だと思うからです。
人種や宗教や文化で区別をするべきではありません。
僕たちの目標は、幸せに調和して暮らすことです。
どうすればそうできるのでしょうか。それは分かち合い、理解し合うことによってです。それがワン基金の理念です。

Q:ジャッキーは、「功夫之王」で、あなたとアクションシーンをとることについてどう感じているかたくさん語っています。
あなたのと共演は、サモハンやユンピョウと共演していた頃から15年以上なかった体験だと語っています。
どのようなテンポでもリズムでも、強烈なパンチでもゆるいパンチでも、あなたとはとても調和していると言っています。
あなたもそう感じましたか。

A:もちろんですよ!
僕たちのアクションシーンが完璧でなければ、映画を台無しにしてしまいますからね(笑)
昔ジャッキーとアクションシーンを撮った人々の多くは引退しているか、舞台裏の仕事にかかわるようになっているか、のどちらかです。
サモハンのように、今は監督をしたりドラマの仕事をしたりしています。
僕が映画業界で20年以上やってきたことや、ジャッキーはそれ以上だということをご存じだと思います。
ジャッキーは僕の先輩です。僕たちが今までに学んだことは、今回の映画に応用してあります。
僕たちがアクションシーンを一緒にどう演じるかに関しては、僕自身も今回のような気持ちをずっと持つことがありませんでした。
昔は僕は、めったに10種類以上の動きを用いてアクションシーンをとりませんでした。というのも共演者達が3つ4つの動きしか出来なかったからです。
彼らは十分なめらかに速く動くことができなかったのです。
カメラレンズを変えたり、撮影角度を変えたりして場面を短くする必要がありました。

正直なところ、僕はとてもうれしいのです。僕たちは良い場面を撮るために最善の努力をしました。
僕たちは2人とも、何年もアクションシーンを撮ってきました。
少々疲れましたが、世界の観客の皆さんが期待していることが分かっています。
僕たちは最善を尽くし、映画のストーリーにも合うように頑張ります。
皆さんをがっかりさせませんよ。

http://www.jackiechan.com/message_view?cid=772




李連杰SIDE
トップページ
最新ニュース
カレンダー
掲示板
情報・翻訳
ブログ翻訳
フィルモグラフィ
バイオグラフィ
グッズ情報
ワン基金
jetli.com
たいやんSIDE
お知らせ
FAQ
活動報告
会員専用
リンク
お問い合わせ

携帯用QRコード
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=taiyan2006

Copyright© 2003-2007
Official Japan Jetlifc
TAIYANG
ALL RIGHTS RESERVED

このサイト内における全ての文責、及び著作権はたいやんに帰属します。